能登の半農半漁とは
能登には、海と田んぼがひと続きになった風土があります。
山の恵みは地下の湧水から海へ、海の恵みは人の暮らしを通って里へ。そんな循環の中で、人々は農と漁を行き来しながら生きてきました。世界農業遺産「能登の里山里海」が大切にしているのも、この“自然と共に続いてきた営み”そのものです。
能登では、米づくりを暮らしの中心に据えつつ、漁や里山の仕事と組み合わせる「半農半漁・半農半X」という生活が長く続いてきた、と記録されています。
海では江戸時代から定置網漁業が行われてきたとされ、村の漁業者が共同で網を運営する「村張り」も盛んだったと伝えられています。
OWNERS
人物紹介

船長 / 農園オーナー
金子 善松
漁業・牡蠣養殖業と米農家の家に生まれる。
海と山で生まれ育った、生粋の野生児。
船長として
2008年、脱サラを機に釣り船「釣七丸」(旧・金栄丸)を立ち上げ。
経験者・セミプロの方には、潮の読み方や攻め方の組み立て、狙い方の精度まで踏み込んだ“プロ目線”のアドバイスも。長年の釣り歴で培った独自のポイント選びで、その日の海況に合わせた釣りをご案内します。
魚の捌き方や締め方は漁師仕込み。気になる方は、ぜひ船上で聞いてみてください。NHKなどテレビ番組の取材実績もあり、能登の海の魅力を発信し続けています。
金子農園オーナーとして
2020年、父の家督を継いで金子農園の米づくりも担うことに。
2023年からは減農薬に取り組み、お米の直販も開始しました。
現在は、さらにおいしい米を目指して、有機肥料や育成方法も研究・改良中です。

ブランドディレクター
金子 竜得
父に連れられ、幼少期から祖父母が営む牡蠣小屋と田んぼで育つ。
小学2年生から陶芸を始め、12歳で石川県民陶芸展 最優秀賞を受賞。
「手でつくること」の感覚と、美しさへの視点を育みました。
小学3年生から小学6年生の3年間、夏休みには友人と二人で奥能登を一周。
旅の魅力と、能登の土地が持つ物語の面白さを知ります。
同じ頃、祖父母の家の前の海で釣りを始め、一番好きな釣りは“キス釣り”となる。また、小学生の頃から祖父と父とともに田植えと稲刈りを手伝い、海と田んぼの季節を身体で覚えてきました。
2025年、フランスから帰国後、釣り船「釣七丸」と金子農園のブランディングおよび営業を担当。現在は、船舶免許の取得にも取り組んでいます。
HISTORY
土地の記憶「深浦村」
能登天領「深浦村」
中島町深浦は、七尾北湾に面し、海と里がつながる場所です。江戸時代の能登は、幕府直轄領(天領)として位置づけられた地域もあり、深浦村も「能登天領49ヶ村」の一つとして語られてきました。
この地は、ときに「天下百姓」と言われるほど農の営みが息づき、同時に海の仕事とも寄り添いながら暮らしが形づくられてきた土地です。農と漁が同居する――そんな“能登らしい豊かさ”の下地が、江戸の頃から静かに育まれてきました。
金子家の半農半漁
金子家は、能登半島の真ん中——中島町深浦に根を下ろした、江戸時代より続く漁師の家系です。
戦後まもなく、二代目・金子七右衛門が牡蠣養殖業を創業。定置網漁と牡蠣養殖、そして米づくり。海と田んぼを往復する営みの中で、家業を育て、暮らしを積み重ねてきました。
そして今、その「半農半漁」という暮らしを、現代のかたちに整えたのが、釣り船「釣七丸」と米農家「金子農園」です。
海では“体験”を。田んぼでは“食卓”を。
能登ならではの季節と風土を、まっすぐにお届けします。


